カテゴリー別アーカイブ: 校長から

校長の金言 vol.59

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17音の決意

 最近,バラエティー番組「プレバト!」にはまっている。特に俳句コーナーがおもしろい。一枚の写真から俳句を詠み「才能あり」「凡人」「才能なし」とぶった切り,芸能人の凡作を名作に変身させる俳人夏井いつき氏の劇的添削がすばらしい。誰でもできそうな俳句を,先生の容赦ないダメ出しと,あざやかな添削で,俳句の奥深い世界へと導いてくれる。語順を入れ替えたり,助詞を変えるだけで作品が大変身する夏井マジックはどこからくるのだろうか。夏井氏は「私じゃなく,日本語がすごいんですよ。助詞を変えるだけで作者の立ち位置が全然違ってくる。無意識にしゃべっている時は気付かない日本語の豊かな働きが,17音という短い詩形の中だとよく分かる。日本語のすごさを知ってもらえたらうれしいです」と言う。
 自分自身の今の気持ちや目標に向かって進もうとする覚悟を端的に表現したいときに過去の偉人の言葉を用いることが多い。私も引用することが多いが,なぜかピッタリくる言葉は俳句になることがある。私は,俳句を詠むことはできないが,17音で情景と気持ちをイメージさせるように詠む人を尊敬する。日本人は,季節を肌で感じ,自然とともに生活していたためなのか,多くの俳人の句に触れるたびに,本来もっている日本語の良さに気づかされた。
 本校に赴任したときの「さあ,新天地でやるぞ」という気持ちを,高浜虚子の「春風や闘志いだきて丘にたつ」で,奮い立たせた。
 新年を迎えて,高浜虚子の「去年今年(こぞことし)貫く棒の如(ごと)きもの」から,年は変わっても,時間は淡々と流れていく。けれども,棒を強い意志でありたいと解釈して新年の決意を新たにした。
 春になり新学期を迎えたときには,山頭火が詠んだ「窓開けて 窓いっぱいの 春」 から,わくわくする季節を感じ,前を向いた。
 今年の新年は,小林一茶の「めでたさも 中位(ちゆうくらゐ)なり おらが春」が,気持ちに合っていた。自分にとっては上々吉のめでたさとはいえないが、まずまず中くらいといったところだろう。いつも通りの朝が迎えられたことへの感謝から,そんな気分になったのだろう。
 節目には,俳句がピッタリくる。自分で詠むだけの力量がないのが情けない。
 国内の主な俳句4団体がユネスコの無形文化遺産登録をめざして名乗りを上げた。事務局は三重県伊賀市が担う。芭蕉の出身地だ。旅立ちを鼓舞する一句が市庁舎にはためく。「いざさらば雪見にころぶ所迄(ところまで)」(さあそれでは雪見に参ろうか。転べば転んだときのこと。臆せず歩もう)俳聖の里の心意気である。
 さあ私も前を向いて,新しいことへ挑戦してみようか。

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校長の金言 vol.57

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感謝

 平成29年1月吉日,体育館のリフォームが終了した。事務室の努力によって足かけ三年,長年の願いがやっと叶った。中に入ると木の香りがして明るく広く感じられる。前庭も整地され,広い駐車スペースを確保することができた。体育館で使用する物品の引っ越しも,早く使いたいワクワク感からか,生徒も教員も笑顔と歓声の中でスムーズに行われた。これでやっと始業式や終業式などの集会を,体育館で行うことができる。顔が見えない放送でする式は味気なかった。卒業式が楽しみだ。これも,2年前PTAの取組が全国高P連から表彰を受けたことや,地域と連携した先進的な本校の教育活動が認められたからこそ実現できたと思っている。本校の関係者に心から感謝したい。
 30年以上前,落合垂水で妻と新しい生活をスタートした。長男が生まれ,偶然にも校歌を作っていただいた岸田敏志さんの旧芸名と同じになった。妻は落合高校に勤務しバドミントン部の顧問をしていた。休日に練習があったとき,長男を連れて体育館に遊びに行くこともあった。その頃,体育館のグランド側には砂走路があり,砂遊びをしていたのが懐かしく思い出される。
 5年前,本校に赴任したとき,若い先生から「先生,体育館を新しくして」と言われた。私も保健体育の教員なので,赴任前から気になっていた。体育館はあの頃と全く変わっていなかった。体育館の周囲に植えられた木がびっくりするほど大きくなっていて,体育館の中は暗く老朽化も進んでいた。歴史があり多くの思い出が詰まった建物であるが,何とかしてほしいという思いが伝わった。タイミングもあるが,思いは口に出し,根拠に基づいてきちんと伝えることで,願いが叶ったことは喜ばしい。
 実は,長男が3歳のとき落合垂水を離れ,実家の敷地に家を建てた。新築してから30年ほど経過したこともあり,昨年から自宅のリハウスを始めた。本校の体育館のリフォームに刺激を受けた。偶然にしても,我が家は真庭と縁があるものだと妻と話した。仕切りをとってリビングをワンフロアーにした。長男が見て「広いなー。今まで狭いところで4人が生活していたんだな」と言った。その言葉から,兄の膝に弟が収まってテレビを見たり,本を読んでいる姿がよみがえってきた。その姿がかわいくて,仕事の疲れも癒やされたものだ。
 長男は結婚して,昨年授かった長女もいつの間にか1歳になった。「この子の食欲と何にでも興味を示す動き方は私でない」と長男の妻は言う。落合垂水で生まれ育った元気なDNAは,引き継がれているようだ。幼児は,よく食べ,動き,しっかり寝ることが仕事。孫からもらうエネルギーに,身も心もリフォームされているみたいだ。明るい未来を共に歩けそうな予感を持ちつつ,これまでお世話になった方々に感謝する日々を送っている。

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校長の金言 vol.56

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言葉について考える

 アメリカ合衆国国民に,最も人気のある歴代大統領は誰か?というアンケート調査の第一位は,第16代大統領のエイブラハム・リンカーンだそうだ。首都ワシントンにあるリンカーン記念堂には,大きなリンカーンの彫像があって,ワシントン記念塔を挟んで2キロはあるモール(芝生)の反対側にあるCapitol―連邦議会議事堂をじっと見つめている。
 「Government of the people, by the people, for the people」
 (人民の人民による人民のための政治)の一説で有名なゲティスバーグの演説で知られるように,リンカーンは演説の名手であり多くの名言を残している。 最近,NHKのテレビ番組「プロフェッショナル仕事の流儀」をまとめた本を読んで,心を動かされたのも,リンカーンの言葉だった。
 「I like to see a man proud of the place in which he lives」
 (自分の場所に誇りを持つ人間が好きだ)
 サントリー美術館などで知られる,世界的建築家の隈研吾さんにも,バブル崩壊後に経済的にも精神的にも苦しい時期があったという。そんなある日,地方での仕事の依頼が舞い込んだ。バブルの頃とは比べものにならないほど小さな仕事だったが,食いつなぐために,高知県四万十川上流の檮原町(ゆすはらちょう)に向かった。町の九割は杉の森林が占める山間の小さな町だが,町の人々が,長い間大切に育ててきた,杉の一本一本に深い愛情と誇りを持っていることを知り,圧倒されたという。これまで大都市の仕事現場で語られるのは,工期と工事費のことばかり。ところが,檮原(ゆすはら)の人々が語るのは,この町への誇りと愛情だった。隈さんは,はっとなった。あのリンカーンの言った,自分の場所に誇りを持っている人たちが,目の前にいることに気づいたのだ。それまでは,大きな予算のプロジェクトを手がけることが,いい建築を作る条件だと思っていたが,それは建築の善し悪しとは全く関係がないことに気づいた。
 隈さんは,次のように言っている。自分の頭の中で考えることに限界がある。場所から学ぼう。この場所で仕事をしている人たちから学ぼう。ある意味で自分を捨てられた。自分がそれまで築いてきたこととか,自分が勉強してきたことをすべて捨てて,どうせ自分ってこの程度。自然と自分の小ささが理解できて自分が変わった気がした。
 真庭高校は,地方の小さな学校に過ぎないが,創設以来,先輩達を含む君たちは,地域はもとより県内外に多くの情報発信と活躍を見せてくれた。このことに誇りを持ちたいと思う。実は,君たちから一番学んでいるのは私自身であることに気づいた。これからも,さらなる高見を目指し,地域から学び地域から信頼される学校でありたいと思う。体験的な学びを支える基礎基本は,日々の授業と家庭学習がベースであることは押さえておきたい。
 私が教師に成り立ての頃,恩師から「自分が今居る場所でがんばれなければ,何処へ行ってもできない」と言われたことを思い出す。リンカーンの名言を読んで,改めて自戒したいと思った。

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校長の金言 vol.55

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言葉について考える

 最近,若い人を中心に使っているいくつかの言葉が気になる。コンビニで支払いをしている時,レジの横にあるドーナッツを勧められたので,「要りません」と答えると,「大丈夫ですか」と言われた。ドーナッツを食べられないなんて体調が悪いのかと心配してくれたのかな?勧めたのに断るなんておかしい人と思われたのか?私からすれば,「よろしかったら,またお願いします」と言ってほしいのに,会話がつながっていないことに気づいていないレジの人を心配して「大丈夫ですか?」と言いたくなる。
 また,「食べれる」「見れる」などの「ら」抜き言葉も気になっているが,「やばい」の使い方が特に気になって仕方がない。「やばい」は,日本語形容詞として否定的な意味を本来持ち,現在では,肯定的意味や肯定的とも否定的ともとれる意味及び強調詞として使われている。広辞苑によると,やばいの意味は「不都合である。危険である」だ。高校生にアンケートをすると,否定的な意味で使うと答えたのは95%。一方で,肯定的な意味でも使うのは84%に上った。2005年の文化庁の調査では,肯定的な意味で使うのは全体の2割未満。世代が高くなるほど割合は低くなる。肯定の意味は若者を中心に使われている。正反対の意味をもつ言葉が,いつもきちんと伝わるのだろうか。若者は,声のトーンや表情などで肯定的か否定的なのかは分かるらしい。また,若者言葉を研究する岐阜大地域科学部の洞澤教授は「どちらの意味にもとれるため,そのときの状況によって意味を判断することになり,お互いの仲間意識を高める働きがある」と説明する。だが,例えば「この歌手やばくない?」と言われた場合でも,肯定的としても歌がうまいのか,顔がかわいいのか,ファッションがいいのか,正確には分からない。洞澤教授は「仲間内では厳密な意味のやりとりではなく,会話の雰囲気やのりが大切」と指摘。「若者にとって,小さなコミュニティーが生活の中心になり,閉鎖的な空間の中で,人間関係を強めようとしているからではないか」と分析する。
 1980年代にナウい(今風の。という意味で流行)。90年代には,女子中高生の間で使われたチョベリバ(チョーベリーバッドの略。最悪の意),2000年代にKY(空気が読めない)など。「~的な」「~みたいな」といった「ぼかし言葉」のほか,インターネット社会を背景にしたググる(グーグルなどで検索する)など,言葉は,その時代を反映して変化していくものだ。小学生から30歳ぐらいまでの若者が,仲間内の日常的な場面で使う話し言葉。個人や集団,地域,時代によって大きく変化してきている。日本語の持つ短くて情景がイメージできる言葉を理解した上で使ってほしい。対峙して話す時にはわかるが,メールやLINEなどでコミュニケーションをとる時には,少し言葉を足して伝えれば誤解が少なくなると思われる。つまらないことで人間関係が崩れることに心を痛めている。
 日本語には「私は,真庭が好きだ」 「真庭が好きだ。私は」 「好きだ。私は真庭が」など,並び替えても意味が通じる一面がある。こんな言語を持っている国が世界にあるだろうか。さらに,「雨」という言葉に例えれば,大気から水の滴が落下する現象を「時雨」「にわか雨」などと言い,季節による表現として「春雨」,「五月雨」,「梅雨」,「夕立」,「秋雨」,「氷雨」など自然界の現象を一つの言葉で表すのでなく,四季の移り変わりにあわせて情緒溢れる表現をしている。発する言葉によって雨の印象が違ってくる。
 最近,若い女性がよく使う「かわいい」という言葉は,オールマイティに使える素晴らしい言葉のように思えてきた。時代の変化について行けないことを「最近の若者は」と,ひとくくりに決めつける大人ほど「大丈夫」でないのかもしれない。

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校長の金言 vol.54

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無駄とは何か

 「無駄」とは、「役に立たないこと。益のないこと」(広辞苑)とある。ある新聞のコラムから、「無駄」の駄とは馬に積んだ荷物のことで、左右振り分けて取り付けるため、二つで一駄と言うそうだ。「荷をつけて、運んで行けば駄賃になる。荷をつけない空馬ならば、いくら歩いても稼ぎは無し(それでも馬は腹をすかせて飯を食う・・というところから、無駄飯という言葉が生まれたそうだ)」
 昔は近所に、ドラエもんに出てくるような「空き地」があった。公園とも違う。そこは目的のない場所である。学校から帰れば、近所の小学生がみんな集まって、缶蹴り、かくれんぼ、ぱっちん(めんこ)、ビー玉など、暗くなるまで遊んだ。これらの遊びは上級生から下級生に伝えられ、いくつかの遊びを組み合わせて進化させていた。目的のなさが、私たちに自由で創造的な遊びを与えてくれた空間であった。
 ワシントンD.C.に、距離にして3.2キロある巨大な「ナショナルモール」と言われる芝生が敷き詰められた空間があった。モールを囲むようにして、キャピタル(連邦議会議事堂)、ホワイトハウス、リンカーン記念館、スミソニアン博物館などがある。モールは、市民はもちろん観光客も自由に楽しめる空間であり、特に大統領就任式の会場や主要な抗議行動など、アメリカの最も重要な市民イベントの開催場所として機能している。おそらくモールで行われた最強のイベントは、キング牧師が「I Have a Dream」で有名なスピーチを行った1963年のワシントン大行進ではないか。18世紀後半、文化の中心地としてこの公園を計画したらしいが、ここに立ってみると、アメリカ合衆国の歴史と文化の創造が感じられた途方もない空間が存在していた。
 日々私たちは、無駄をなくそうと考えて行動する。無駄な時間をなくすために、移動手段として自動車や新幹線、飛行機を利用し、手書きの文書よりパソコンで保存・変更ができる文書を作成する。食品は、安くて無駄にならないものを考えて購入する。目的を達成するために、ありとあらゆる無駄をなくそうとして効率のみを考えて日々を過ごしているようにさえ思えてくる。その結果、健康、環境、食糧、資源など、より多くの問題を生み出していることも事実である。
 スピードが要求される現代にあっては、効率を追求することは大事なことではある。しかし、何もしない時間を過ごすことは、時には精神がリラックスして明日への活力になる。寄り道もときには大切で、適切な「ゆとり」や「間」は一見無駄に見えても無駄ではない。また、自動車で高速走行をしているときにハンドルの遊びが一切無ければ、ちょっとした手の動きが大事故に繋がってしまう。つまり、ハンドルの遊びは、運転するという目的のためには「無駄」であっても、安全な運行というより大きな目的のためには「必要」なものである。さらに勉強をするときでも、効率よくやるために、要点だけ丸暗記する人がいる。これでテストの点数は稼げるかも知れないが、それでは何も身についていない。時間をかけてじっくり考え試行錯誤することで、その間に大切なことをたくさん学んでいる。目的の決め方しだいで無駄が無駄でなくなる。
 自分のこれまでを思い起こしてみると、無駄に走って、無駄に転んで、無駄に迷って、空馬の往来を数え切れないくらい繰り返し、その度に、自分の言動はこれでよかったのだろうか。自分の判断はこれでよかったのだろうかと、振り返っている時間が多くなった気がしている。しかし、おそらく、一つの人生を歩んでいく上で、そうした「無駄」と思える行動、時間や空間こそが、力となり、希望となり、後から振り返ったとき、最も輝いて自分の心に蘇ってくるのだろう。つまり「無駄」とは人生における「輝き」なのだ。

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校長の金言 vol.53

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三学期始業式あいさつ

  皆さん,あけましておめでとうございます。特に大きな事故はなかったという報告を聞いています。良い年を迎えられたでしょうか。
  今年は,申年の次の酉年です。桃太郎の家来が続きます。キジは岡山県を代表する鳥として,県の鳥に指定されています。キジといえばイタリア語からつけたファジアーノ(Fagiano)岡山です。郷土に古くから伝わる桃太郎伝説でキジが鬼退治に活躍したことにちなみ命名したそうです。先日の新聞に「ファジなひとびと」という記事が掲載されました。球団代表の木村正明(まさあき)氏は,自ら「難しいことにチャレンジしたい性分」と言う。就任後の役員合宿で30年計画を立てた。3年でJリーグ入り,5年で活動拠点づくり,10年でホームでの平均観客動員数一万人達成,15年で専用サッカースタジアム建築,20年でファンクラブ10万人,そして30年ですべてのスポーツやファジアーノのスクールの無料化達成。プロチームは社会的意義がなければ意味がない。行政や企業の協力で無料でスポーツ教育を受けられるようにすることが大事。そのためには,財政基盤や魅力が必要だし,魅力を高める延長にJ1昇格や観客を一万人集めることがある。J1昇格プレイオフに進出し,観客動員一万五千人という限界を超えた2016年。2017年は真価を問われると身を引き締めている。「酉」という字は,果実が成熟の極限に達した状態を表しているという意味があるようです。昨年のクラブワールドカップ決勝でJ1鹿島がレアル・マドリードと接戦を演じたことに刺激され,岡山もいずれ世界に名をとどろかせたいと語っています。
  初めて日本代表をW杯(カップ)に出場させた,元サッカー日本代表監督の岡田武史氏の言葉が思い出されます。2010年南アフリカW杯(カップ)のとき岡田武史監督は,次の6つをフィロソフィーとして掲げ「ベスト4になる」という目標に向かうための指針にしました。「Enjoy(楽しめ,失敗を恐れず勇気を持ってプレイをせよ),Our Team(一人一人が自分のチームと思ってやれ),Do Your Best(チームが勝つために最善を尽くせ),Concentration(今できることに集中せよ),Communication(お互いを認め合う意思疎通),Improve(進歩:今を守ろうとするな。常にチャレンジせよ。行動を起こせ)」と言っています。
  前述の二人とも,強い「気持ち」,かなえたいと思う「目標」を決めています。「実現」に向けた「道筋」を,言葉に出し書き出しています。夢や希望は,他者に話すこと,書き出すとなぜか実現します。そして「行動」を起こしています。さらに,目標を実現するために協力する「他者」も大切な存在です。
  自分が,ああだこうだと頭で考えたり調べたりすることも大切ですが,よく言われる「ともかくやってみろ」「ともかく始めてみろ」ということです。人生何があるかわかりません。「生きているだけで素晴らしい」と思えば,なんでもできます。どんな小さなことでもいいから,挑戦をしてほしいと思います。頭でごちゃごちゃ考える前に踏み出してみる。少々壁や何かがあろうが,そんなものは関係ありません。必ず乗り越えられます。壁というのは邪魔をするためにあるのではありません。「本気で,こいつは,やっているのかどうか」と自分の気持ちを確認されているのです。
  皆さんにとって,一歩踏み出して挑戦する一年になることを祈念して式辞とします。

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校長の金言 vol.52

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「自ら学ぶ」

 日本人は,希に見るものわかりの良い国民なのかもしれない。日常会話でも,道で知り合いに出会った時「こんにちは,どちらへ?」「ちょっとそこまで」「そうですか。失礼します」うまく人に説明できなくなると「うまく説明できないけどけど,言いたいことはわかるよね」「うーん,わかるわかる」文章の意味がわからなかったら「行間を読め」と言われたり,禅問答のような会話である。私たちは,理解力にすぐれ,いろいろと配慮を巡らすことのできるすばらしい能力の持ち主と言えそうである。
 「先生,フォワードのプレイヤーはどう動いたらいいんですか?」40歳の頃,バスケットボール部の顧問をしていた時,ある部員に聞かれた。「ボールをもらったらシュートをねらい,打てなかったら一対一を試みて,だめならパスをして,次にボールをもらえそうな位置に動くんだ」さらに「テレビやビデオでゲームを見たり,仲間と話し合えばわかる」と答えた。今までの生徒は「わかりました」と答えていたが,その生徒は「わかりません」と答えた。つまり,その頃の私は「以心伝心」「論より証拠」「見ればわかる」の世界を押しつけて,自分の無能さをカモフラージュしていた。
 人は,自分がわかっていないことに気づいた時に初めて,真の行動を起こすようだ。それからは,レフェリーに携わっていたこともあり,ハイレベルのゲームを見る機会が多くあったので,ノートを常に持ち,チームプレイ,個人技能や監督の言葉をメモするようになった。また,一流の指導者の講習会にはできるだけ参加し,自分なりのバスケットボール理論を何とか描くことができるようになった。「わかりません」と言った生徒が,卒業後,後輩のゲームを見て「シンプルでわかりやすいし,みんなが考えてプレイしてる」と言ってくれたことは嬉しかった。
 私は,日本人が昔から言われてきた「聞け,悟れ」という職人気質のような考え方は,自ら学び,自ら考え,主体的に判断し,自らを成長させるよい面も持ち合わせていると思っている。しかし,国際化が進む中,私たちは「感覚的な思考」から「論理的な思考」への脱却が求められるようになってきた事に気づくべきである。今は,わからないことがあればインターネットで調べれば簡単に答えが返ってくる。しかし,それがほんとに正しいかと疑問に思わなければ,情報に振り回され,単に知識を得たというだけに終わる。各教科で基礎・基本の内容は学ぶが,受け身であっては身につかない。知らないことを知りたい,なぜ?と疑問を抱くという知的好奇心を持って授業に参加すべきである。そして,探究活動や課外活動,ディスカッション,プレゼンテーションなど,アクティブラーニングが示す双方向性の学習が,知識を長期的な記憶として獲得するのに有効であることを本校では実践している。知にこだわりを持たないアクティブラーニングは,「楽しかった」「がんばれた」といった自己満足感を得ただけで,課題を自ら設定し問題を解決するといった達成感には繋がらない。
 グローバル化や情報通信技術の進展,少子高齢化など常に変化し続ける今日の社会では,幅広い知識と柔軟な思考力に基づいて,知識を活用し,イノベーション(技術革新)や新たな社会を創造していく人材や,価値観の異なる他者と協働して課題解決を行う事のできる人材が求められている。
 日々の生活は,「選択」と「決断」の繰り返しである。その判断材料は,過去の体験や学習した知識であろう。スポーツからも,瞬間のプレイに選択と決断が求められ,過去の体験から先を読む創造力を学ぶことができる。
 私は,生徒諸君にしなやかさとしたたかさを備え,生涯学び続ける若者に成長してほしいといつも願っている。

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校長の金言 vol.51

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「今の自分は?」

 イチロー選手は,なぜあれほどヒットを打てるのか」シアトルマリナーズで,メジャーリーガーを観察し続けたアスレティックトレーナーの森本貴義氏は「プロフェッショナルの習慣力」の中で,それは,「ルーティーン力」だと述べています。

 「イチロー選手は,毎朝同じ時間に起き,決めた時間に決めた食事をし,同じ時間に球場入りします。ストレッチの時間,夕食の時間なども毎日変わることなく行われ,試合に臨んでいます。アメリカでは試合の開催場所によって時差が発生しますが,日々のルーティーンは,マリナーズ時代はシアトル時間に合わせて行うほど徹底ぶりです。そのルーティーンは彼の行動のすべての場面にあり,バッターボックスに入る前の「しこ」のような動き,バッターボックスでのユニフォームの袖をつまみ,バットを立てる動作にも一連のルーティーンを見ることができます。

 「同じ動作を繰り返していると,無意識のうちに身体が動くようになります。無意識の行動にぶれや失敗はほとんどありません。イチロー選手のルーティーンは「ヒットを打つ」という行動を,失敗なく行うための手法と言えます。気温や球場に大きさ,自身の体調や相手ピッチャーなど,たくさんの変動要因の中で安定した結果を残すため,自身が「コントロールできる行為」をルーティーン化,つまり習慣化したからです。自ら習慣を課し,こつこつと続けることが得意な日本人にとって最も適した能力開発法と言えます。

 「我が家にも,イチロー君がいました。二男は,中学高校と環境が変化しつつもそれに対応して一つのルーティーンを確立していました。朝起きる時間は6:30,登校するまでの食事,洗顔,トイレ等いつも一定。朝食はご飯と味噌汁。それに必ず納豆を添えます。学校は,規則正しく過ぎていきます。放課後は,陸上部の練習。帰宅後,食事までに身の回りの整理をし,新聞には必ず目を通していました。食事が遅くなるようだったら,すぐできるプリントの宿題をしていました。8:00には自室で勉強。11:00にはお風呂に入り,寝る前は,ヨーグルトとリンゴと牛乳を摂り,11:30~12:00の間には就寝。さすがに,大学受験前には,空き時間は,いつも問題を解いていました。就寝時間は30分程遅くなったくらいで,いつもと変わることなくこの生活を繰り返していました。陸上の試合の時の昼ご飯は,おにぎり数個とエネルギーのゼリー。3000m障害をしていて,先生から,何分何秒以内と言われれば,友人にラップを計ってもらい,言われたとおりに走っていました。親から見れば,体力があるんだから,もっとがむしゃらに走ればタイムが上がっていたのにと思うが,息子には「陸上はそんなもんじゃない」と言われました。駅伝のメンバーに選ばれた時も,先生から言われたタイムで走ることができ,指導者からすれば計算できる選手でありがたいと褒められていました。大学生になった今も基本的に生活は変わらず新しい環境にも順応している様子です。

 「平常心を保つためには,「人と自分を比較しない」ことです。バスケットボールの名コーチ故ジョン・ウッデン氏も,人と比較している間は,成功を手に入れることはないと言っています。私達は,周囲の言葉にとても敏感です。そして,人の評価を気にする人は,目先の結果を追い求めがちです。しかし「結果」はそれに見合う「プロセス」によって生まれます。プロセスが安定しないと結果も安定しません。最終的には,心も不安定になります。失敗から学んだことを次に活かさず,その場を繕ってばかりいると,常に,まわりの状況に振り回されてしまいます。また不安定な人は,うまくいっている人と自分を比較して,不足しているものを身につけようとします。自分の強みを伸ばすのではなく,比較の中で見つけた「自分に足りない弱み」を補完することに時間を費やします。弱みを補完しても「平均的な人間」になれるだけで,望む結果に結びつくとは限りません。イチロー選手は,他の人より優れた部分に焦点を当て、自分ならではの野球選手像を目標にし,自分なりのルーティーンの継続が,どんな場面でも結果を導き出せる平常心を生んできたのだと思います。

 「平常心を保てる人は,人と自分を比較せず,常にイチロー選手のように,自分の中に指標を持って行動しています。比較するのは,他人ではなく,過去の自分と今の自分なのです。

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校長の金言 vol.50

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「命がつながっていくことの不思議さ」

 今年のはじめ、長男に子どもが生まれた。予定日より10日早く生まれたため体重は2566gの女の子である。初めて会った時に「初めまして、おじいちゃんですよ」と言ってしまった。妻は、そんな私の対応にびっくりして笑っていた。
 年末には、母が動脈瘤の手術で入院していた。手術は成功したが、術後、他の部位で想定外の事が起こり、生死をさまようことになった。今は、何とか持ち直しているものの、入院は継続している。そのとき孫は逆子が直らなくて帝王切開を覚悟していたが、母の危篤状態と同じ時期に逆子が直り、普通分娩とわかりほっとした。生まれる前から親孝行な孫だと、爺バカ婆バカぶりを発揮してしまった。
 長男が生まれたときは、五月の雲一つない五月晴れの日だった。私は、大学バスケの試合の審判で出張していた。前日の夜には、まだ兆候はないと聞いていたので朝早くから出かけていた。生まれた夜に「できたよ」と妻から電話があり、うれしい気持ちと申し訳ない気持ちが入り交じった。当時、携帯電話があればと今でも残念だ。二男のときこそ立ち会うぞと、予定を入れないように準備していた。予定日の10日前に東京出張が入った。妻も大丈夫だろうと言うので出張した。次の日の朝早く、妻から「生まれそう」とホテルに連絡が入った。また立ち会えない。息子二人とも出産から二・三日後に出会うという情けなさ。無事成長してくれてありがたい。長男は、仕事が終わり病院に駆けつけ出産に立ち会うことができた。遠くから来て実家にも帰らず出産する義娘にとって、長男はさぞ心強かっただろう。
 育児のポイントとして、
 「赤ん坊の時は肌を離すな」「幼児の時は手を離すな」「子供の時は目を離すな」
 「少年の時は心を離すな」とよく言われる。
 青年の居場所として、
 青年が家族とともに過ごす時と場(家族を感じる場)
 青年が安心して一人になれる時と場(自分を感じる場)
 同年輩の人が安心して集える時と場(仲間を感じる場)
 青年はこの三つの時と場を行き来しながら成長していく。そして、青年期においては、このいずれの場も欠かせず、大切なものである。
 孫の顔を見に行ったとき、若い二人が寝不足の顔で一生懸命娘を育てている姿を見ていると、私たち夫婦は、いつも子ども達二人の昔話になる。妻と私は、父や母から世話になったように、困ったときに手伝えるような、長男夫婦と孫を見守るだけの爺婆になろうと話している。人の命はこうやって繋がっていくんだと実感する日々を送っている。

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校長の金言 vol.49

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「胃袋をつかまれる」

「お米送ってくれる?」
 ほぼ二ヶ月に一度、大学三年生の二男から妻へメールが来る。「ちゃんと自炊してるんだ」と、妻と私の会話が始まる。「リンゴ箱にしようか、ミカン箱がいいかな?」から始まって、「お米のほかに、今回は何を入れて送るかな?」
 さっそく近所のスーパーに行って、お菓子やら果物やらレトルト食品やら、入れられるだけ購入する。いつも妻が宅配便で送っているが、今回は妻の都合で私が送ることになった。実は、手続きをするのは初めてである。住所がわからない。二男に連絡して教えてもらい、配送時間を確認して送り状に記入することができた。「送ったよ」とメールすると、「よくできました。ありがとう」と返事が返ってきた。なんか悔しいが、親ばかな自分に苦笑する。
 家庭を持って25年間、土日は部活動の練習や試合で家を空け、長期休業中は遠征に行き、家族を置き去りにしてきた。今の立場になってからは、休日や祝日は家にいることが多くなった。息子たち曰く「お父さんが休みに家にいるなんて不思議」妻の方が土日祝日に出勤することが多いくらいだ。たまに休みが一緒の時、二人で美術館に行ったり、買い物に出かけるようになった。妻曰く「こんな事は結婚してから初めてじゃないの?」たしかに。思えば、好きに生きてきたなとまた反省し、妻に感謝した。
 息子達は、何かあればいつも妻にメールを送ってくる。仕方ないと理解しつつも悔しい。妻は、結婚してから欠かさず弁当を作ってくれている。共働きなのに、何があっても朝一番に起きて朝ご飯を作ってくれ、弁当を作ってくれる。息子二人が中学高校の時には、毎日四人分の弁当を作ってくれていた。育ち盛りの男どもがいる頃は、毎日一升のご飯を炊いていたらしい。どんなに仕事が忙しくても、遅くとも午後七時までには家に帰ろうと努力し、夕飯を作ってくれていた。子ども達を保育園に預けていた頃は、子どもが寝るまでは大変だったようだ。子ども達と私が寝てから、持ち帰り仕事をしていた。そんな姿を小さい頃から見ていたら、子ども達が妻に感謝し、妻に味方するのは当然である。子どもは二人で育てるという親の責任を回避していたわけでないが、いつのまにかがんばる妻に甘えていたツケが回ってきた。
 男は、胃袋をつかまれたら弱いものであることを、三十年たって息子達から教えられた。長男は、妻のように胃袋を満たしてくれるパートナーに出会って結婚してくれた。二男も後に続くことを願っている。
 たまにしか連絡して来ないが、今日も、息子達からの相談メールをほくそ笑みながら読み、返信している妻の姿が羨ましい。まぁしかたないか。

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